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福岡地方裁判所直方支部 昭和61年(ワ)54号 判決 1988年12月27日

原告

西貞子

ほか一名

被告

株式会社富士食品

主文

一  被告は原告西貞子に対し、金四〇七万三七〇四円及び内金三七〇万三七〇四円に対する昭和五九年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告西キクノに対し、金二〇三万一八五二円及び内金一八五万一八五二円に対する昭和五九年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を被告、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  請求の趣旨

1  被告は原告西貞子に対し、金一一四〇万〇三七〇円及び内金一〇三七万〇三七〇円に対する昭和五九年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告西キクノに対し、金五六九万五一八五円及び内金五一八万五一八五円に対する昭和五九年六月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(当事者の主張)

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故により、訴外西博之(以下「亡博之」という)は、昭和五九年六月二九日午後二時五八分ころ死亡した。

(一) 日時 昭和五九年六月二九日午前五時一五分ころ

(二) 場所 千葉県木更津市潮見三丁目一四番一号地先路上(十字路交差点)

(三) 加害自動車 訴外井上浩一(以下「訴外井上」という)運転の普通乗用自動車(千葉五七と一九三六)(以下「本件自動車」という)

(四) 態様 本件自動車が右交差点に差しかかつた際、訴外井上が前方注視を怠つたため同交差点に左方から進入してきた訴外押本貞衛運転の普通乗用自動車を本件自動車に衝突させそのため本件自動車に同乗していた亡博之は車外に投げ出された。

2  責任原因

被告会社は、本件自動車の所有者であり、自己のために運行の用に供していたものである。

3  損害

(一) 亡博之は、前記死亡により次のとおり損害を受けた。

(1) 喪失利益 金三二五〇万六八八五円

亡博之は、死亡時満二五歳の独身青年であり、被告会社に勤務していたもので、昭和五八年度の給与所得は金二四三万〇二七六円であつた。よつて、右所得額を基礎に四〇パーセントの生活費控除を行ない、六七歳まで就労可能とみてその間の喪失利益を新ホフマン方式により算定すれば、亡博之の喪失利益は金三二五〇万六八八五円となる。

(2) 慰藉料 金一五〇〇万円

亡博之は、心身健全な男子であり、本件事故当時病気療養中であつた父訴外西惇(以下「訴外惇」という)に代つて一家の柱として今後も活躍する状況にあつたものであるから、慰藉料としては金一五〇〇万円を下らないものというべきである。

(二) 亡博之の死亡により、同人が被告会社に対して有する前記金四七五〇万六八八五円の損害賠償請求権は、父である訴外惇が相続したが、同人が昭和五九年七月九日死亡したため、同人の配偶者である原告西貞子(以下「原告貞子」という)が三分の二(金三一六七万一二五六円)、同人の母である原告西キクノ(以下「原告キクノ」という)が三分の一(金一五八三万五六二八円)の割合でそれぞれ相続した。

4  損害の填補

(一) 自賠責保険から金二〇一〇万三三三〇円、労災保険から金九八四万八〇〇〇円、その他団体災害保険から金二〇〇万円の合計金三一九五万一三三〇円の填補がなされた。

(二) よつて、右損害の填補額を原告らの前記相続割合により弁済充当すれば、原告らの損害は、原告貞子につき金一〇三七万〇三七〇円、原告キクノにつき金五一八万五一八五円となる。

5  弁護士費用

弁護士費用としては、原告貞子につき金一〇三万円、原告キクノにつき金五一万円が相当である。

6  結論

よつて、原告らは被告会社に対し、請求の趣旨記載の金員の支払を求めて本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  請求原因3(一)、(二)の損害額は争う。

同3(一)の事実のうち、亡博之が死亡時被告会社に勤務する満二五歳の独身青年であつたこと、同人の昭和五八年度の給与所得が金二四三万〇二七六円であつたことは認めるが、生活費控除は五〇パーセントとみるのが相当であり、中間利息控除についてはライプニツツ係数が採用されるべきである。同3(二)の相続関係の事実は知らない。

3  請求原因4(一)の事実は認めるが、同4(二)の損害額は争う。

4  請求原因5の弁護士費用額は争う。

三  抗弁

1  本件自動車の無断運転

亡博之と訴外井上の両名は、本件事故当時被告会社千葉支店に勤務していたものであるが、本件自動車は、被告会社の営業車であり従業員が通勤その他の使用目的に利用することは特別の使用許可を得た場合を除き禁止されていた。しかるに、右両名は、君津市内にあるそれぞれの実家に帰宅するため、本件自動車を被告会社に無断で持ち出し、右各実家から千葉支店の寮への帰途訴外井上が運転中に本件事故を惹起したものであつて、本件自動車の無断使用者亡博之の相続人である原因らが、被告会社に対して自動車損害賠償保障法第三条(以下「自賠法第三条」という)に基づく運行供用者としての責任を問うことは許されない。

2  他人性の欠如

仮に、亡博之が本件自動車の使用につき被告会社の承諾を得ていたとしても、本件自動車は、亡博之がその日常業務において専用していた営業車であつたこと、訴外井上は、亡博之より四歳年下の仲の良い職場の同僚であり、亡博之を兄のように慕つていて日常の行動を共にしていたこと、右両名は、日ごろは千葉支店内の寮で生活していたが、亡博之は、本件事故当時父である訴外惇の病気などの事情により週に一、二度前記実家に帰宅する必要があり、そのための交通の手段として本件自動車を使用していたものであること、訴外井上は、自己の実家が亡博之の実家に比較的近かつたこともあつて、亡博之が帰宅する際は本件自動車に便乗して自らも実家に帰り、時には亡博之に代つて本件自動車を運転していたこと、などの事情があつたのであるから、本件事故の際には訴外井上が本件自動車の運転を担当していたとはいえ、本件自動車の運行につき亡博之は被告会社とともに運行供用者たる地位にあつたものであり、その運行支配は被告会社に優越して直接的、顕在的、具体的であつたことは明らかである。従つて、原告らが、亡博之が自賠法第三条の「他人」に該当するものとして被告会社に対し損害賠償を請求することは許されない。

3  好意同乗

前記のとおり、亡博之は、本件事故当時訴外井上の本件自動車の運行を自己のために支配し、無償で利用していた関係にあるものであり、しかも、訴外井上は、もともと本件自動車に亡博之を同乗させる義務を負つていたものではなく、亡博之において本件自動車への同乗という行為を自らの意思で選択したものである。

以上の事実は、被告会社の賠償額の算定にあたつて十分斟酌されるべきである。

4  過失相殺

亡博之が死亡した原因は、本件事故の衝撃によつて本件自動車のドアが開き、亡博之が車外へ転落して脳挫傷の傷害を受けたことによるものであるところ、当時、亡博之は、座席ベルトを装着していなかつた。また、本件事故は、本件自動車が前記交差点に進入する直前に亡博之が訴外井上に話しかけたため、訴外井上の前方に対する注意力を散漫ならしめたことによるものである。以上の事実は、これを被害者側の過失として被告会社の賠償額の算定にあたつて十分斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する答弁

本件自動車の無断運転、他人性の欠如、好意同乗、過失相殺の各主張はすべて争う。

(証拠関係)

証拠関係は、記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2

請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1、2

1  成立に争いのない乙第一、第二、第四、第五号証及び証人井上浩一の証言、原告貞子・被告会社代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告会社は、本社が君津市にあり、他に鎌ケ谷市と千葉市に支店を有し、学校給食の副食納入を営業とする株式会社であつて、常時従業員約四〇名を雇用(他にパートタイム等の従業員もいた)し、自動車約三五台を所有していた。

(二)  亡博之(昭和三四年生)は、昭和五六年一〇月ころ被告会社に入社して千葉支店勤務となり、同支店二階で起居し、本件事故発生のころは同支店で午前中は配達業務を、午後は得意先廻りの業務を担当し、訴外井上(昭和三八年生)は、昭和五八年二月ころ被告会社に入社して千葉支店勤務となり、同支店二階で亡博之と起居を共にし、本件事故発生のころは同支店で午前中は配達業務を、午後は本社で仕入れ業務を担当するほか、本社と千葉支店の間の材料の過不足を調整するための運搬業務も担当していたが、被告会社の営業の性質上千葉支店における始業時刻は午前五時三〇分であつた。

(三)  しかして、右両名は、右の如く千葉支店の二階で起居を共にし、また、日常の行動を共にすることの多い親密な間柄であつた。

(四)  しかるところ、亡博之は、昭和五九年二月ころから病気療養中の父訴外惇の見舞等のため週日にも勤務終了後君津市の実家に帰宅し、翌朝千葉支店へ出勤することが多くなり、その際は、しばしば自己が使用していた営業車である本件自動車を使用していた(もつとも、同人には他に自己が所有する自動車があつた)。

(五)  訴外井上もまた実家が君津市にあり、自己が所有する自動車がなかつたことから、亡博之が帰宅する際は、しばしば本件自動車に同乗し、或いは自ら運転するなどして共に実家に帰宅し、翌朝共に千葉支店へ出勤していた(もつとも、同人は、被告会社の業務で被告会社所有の自動車を運転して本社に行つた際は、そのまま実家に帰宅して翌朝同車を使用して千葉支店に出勤していた)。

(六)  本件事故発生日の前日の勤務終了後、訴外井上は千葉支店長に対し、「今日は帰ります。」と告げて本件自動車を運転(亡博之同乗)して実家に帰宅し、翌日早朝本件自動車を運転して実家を出発し、途中亡博之の実家に立ち寄り、同人を助手席に乗せ千葉支店へ向けて走行中本件事故が発生した(亡博之は、座席ベルトを装着していなかつた)。

2  ところで、被告会社が所有する自動車の管理・保管につき、被告会社代表者本人尋問の結果によれば、「従業員が被告会社の自動車を私用、通勤等に無断で使用する懸念があつたから、朝礼等で無断で使用しないよう指導していたほか、昭和五七年ころからは車両借用願(乙第七号証)を提出させることとし、その許可は厳しくしていた。自動車の錠の保管については、業務終了後は施錠することができる部屋の支店長席後部の壁板に打ちつけてある釘に掛けていた。」旨供述するところであるけれども、前掲乙第二号証及び証人井上浩一の証言並びに弁論の全趣旨に照らせば、右供述はにわかに採用し難いところであり、千葉支店においては、被告会社所有の自動車を通勤に使用することにつき厳格な規制をしていたものとは思われず、少なくとも亡博之が本件自動車を使用して帰宅すること(及び訴外井上が同乗すること)は黙認していたものと認むべきである。

3  更に、1に掲記の証拠並びに弁論の全趣旨に照らせば、亡博之と訴外井上の両名が千葉支店の二階に起居していたとはいえ、被告会社において右両名が同所に起居することを就業上規制されていたものではなく、また、右両名の実家がいずれも君津市にあり、右両名は私的関係においても親密な交際を持ち、日常行動を共にし、本件事故発生当時共にしばしば実家に帰宅していたものであることは被告会社において了知していたものといえるから、右両名が時として自動車の運転を交替することもあることは被告会社に予測し得ることであるということができる。加えて、千葉支店の始業時刻が早朝であるが故に右両名が君津市からの通勤のために一般の交通機関を利用し得る状況にはなかつたものであることが認められる。

4  以上の諸点を考慮すれば、本件事故の際の本件自動車の運行支配、運行利益は被告会社に帰属していたものとみるのが相当であり、亡博之は自賠法第三条の「他人」に該当するものというべきである。

三  請求原因3

1  請求原因3(一)(1)の喪失利益についてみるに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、第二号証及び証人井上浩一の証言、原告貞子・被告会社代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡博之は、昭和三四年六月八日生で本件事故当時二五歳の独身の健康な男性であつて被告会社に勤務し、昭和五八年度は金二四三万〇二七六円の給与所得があり、実家には病気加療中の父訴外惇(昭和二年四月九日生)及び義母原告貞子(昭和一〇年一〇月二六日生)の家族があつて今後も一家の柱として生活を維持すべき立場にあつたことが認められるから、前記給与所得額を基礎に亡博之の就労可能年数を四二年間とし、控除すべき生活費を四〇パーセントとし、新ホフマン係数二二・二九三として喪失利益の現価を算定すれば金三二五〇万六八八五円となる。次に、請求原因3(一)(2)の慰謝料についてみるに、後記認定の斟酌事由その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すれば、その額は金五〇〇万円とみるのが相当である。

2  請求原因3(二)の相続関係の事実は、前掲甲第一号証の一ないし三によりこれを認めることができる。そうすると、亡博之が被告会社に対して有する損害賠償請求権金三七五〇万六八八五円のうち、原告貞子は金二五〇〇万四五九〇円を、原告キクノは金一二五〇万二二九五円をそれぞれ相続したものである。

四  抗弁3、4

1  好意同乗についてみるに、先に認定した如く、亡博之と訴外井上の両名は、本件自動車を通勤に使用し、時として運転を交替していたものであるが、本件自動車は、もともと亡博之が使用していた営業車であり、かつ、同人は他に個人として自動車を所有していたものであるから、右事実は好意同乗というか否かは格別、信義則に照らし慰謝料額算定(減額)につき斟酌すべきものである。もつとも、被告会社代表者本人尋問の結果中には、「通勤途上の交通事故については被告会社において全責任を負うものである。」との趣旨に受け取れる供述があるけれども、右供述は、本件の如き交通事故をも含む趣旨とみるのは相当でないから、右供述を根拠として右のような斟酌を否定すべきものでないというべきである。

2  次に、過失相殺についてみるに、亡博之が座席ベルトを装着していなかつたことは先に認定のとおりであるけれども、本件事故発生当時座席ベルトの装着が法的に規制されていたものではなく、被告会社においても取り立てて座席ベルトの装着を指導していたものと認めるに足りる十分な証拠もなく、仮に亡博之において座席ベルトを装着していたとすれば、同人が死に至ることがなかつたといえるかにつき、これを肯定するに足りる証拠もない。また、仮に亡博之が、本件事故発生時の直前に訴外井上に話し掛けた事実があつたとしても、そのことが本件事故発生の原因となつたものと認めるに足りる証拠はない。以上いずれの点からするも過失相殺の主張は理由なきものである。

五  請求原因4

1  請求原因4(一)の事実は、当事者間に争いがない。右事実によれば、前記損害につき金三一九五万一三三〇円の填補がなされたこととなる。

2  そこで、右填補額を原告らの相続割合により、原告らの前記損害額から控除すれば、原告らの損害は、原告貞子につき金三七〇万三七〇四円、原告キクノにつき金一八五万一八五二円となる。

六  請求原因5

弁護士費用は、本件事案の内容、審理の経過、認容額等からみて、原告貞子につき金三七万円、原告キクノにつき金一八万円とみるのが相当である。

七  結論

以上の次第により、原告らの被告会社に対する本訴請求は、主文第一、二項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森弘)

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